“先駆者”の存在
お疲れ様です。
終わりの見えない花粉症との戦いに際し、「あと少しだ!!頑張れ!!」と自分自身を鼓舞しながらも両鼻にテイッシュを詰め、打ち合わせをする日々が続くブランシェグループの鈴木です。
※この写真のセンターのように、、、、
「両鼻はヤバイっすね♪」
みんな心配してくれてる風ですが、なぜか笑みがこぼれる。
僕自身も流石に両鼻はヤバイ
と思っております。
そもそも病院へ行けば済む話なんですけど、この時期激しく混んでるし、、、、
ドラッグストアへ行けば済む話なんですけど、それはそれで”負け”を意味するような感じなんですよね、、、
ってことで、耐え忍ぶ日々が続いているという塩梅でございます。
なんでもそうですが、引き際、辞め際、諦め際、などなど。
どこまでやって終わればいいのか?結構悩みませんか?
例えばこんな話もよく聞きます。
金塊を探すために洞窟を掘っています。
でもなかなか獲物は出てきません、、
掘っても掘っても出てきません、、、、
「もう無いんじゃ無い?そもそもここにあるって誰が言った?無いんだって。本当は。」
一緒に掘っているメンバーもなかなか出てこない事に疲れて
「だね。そもそもここには無かったんだ。それがわかっただけでもよし!」
と掘る事をやめて引き上げる。
で、次に掘りにきたチームがわずか数日で金塊を掘り当てた的な。
よって、何事も諦めずに金塊が出るまでやり続けましょうって話。
この話、僕も激しく共感です。
途中で諦めちゃうとか、本当に勿体無いし、頑張って欲しいと切に願います。
でも、そもそも金塊がないところをひたすら掘っているのならば、それは果たして意味がある事と言えるでしょうか?
僕は、そこに金塊があると断言できるなら諦めずに掘りたいし、掘って欲しい。
でも、それもわからないなら「掘り続けろ!!」とは正直言い難い、、、
躊躇してしまう。
それは、時間は有限だと思うから
時間は大切で、意味がある事に使って欲しいから、出るあてもない金塊掘りで一生を終えて欲しくないわけです。
では、金塊があるかないかは誰が知っているのか?
そもそもわかるのかって話。
それは先駆者ならわかるかもしれません。
前に掘ってて、まだ残っているのを知ってるとか。
この山と隣の山はつながっているので、向こうで出たならこっちの山でも出るとか。
なんかそういうの。
そう考えると、”先駆者”の存在はデカイ。
かなりデカイ。
道先案内人的なそんな存在。
会社でもそう。
先輩社員がいる会社は先駆者は”先輩”という事になります。
だから大概の事は先輩に聞けば良い。
「この先に金塊はあるのか?」とか。
「ない。」
という先輩がいれば、なぜその先輩はこの会社にいるのかを聞いてみたら良い。
金塊がないことを知ってもなお、掘り続けているのだから。
ネガティブだけではなく、それはそれで先駆者としての考え方として学ぶべきものがあると思うから。
とても大切なことだと思います。
「ある!」
という先輩には、その先輩と共に一生懸命に掘れば良い。
何も疑わずただひたすら掘れば良い。
きっと素晴らしい金塊が手に入ると思うから。
上手くいく人と、そうでない人の違いって案外ここなのかもしれないですね。
信じられる先輩がいるかどうか?
その先輩をひたすら信じてついていけたかどうか?
自分を信じてやり切れたかどうか?
blogを書いていてそんな気がしてきました。
金塊を掘り当てたことがある先輩は、とても貴重な存在。
また、先輩を信じ、金塊を掘り当てようと頑張るスタッフさんもとても大切な存在。
僕もそんなメンバーを大切にしつつ、花粉症の終わりを”先駆者”に聞いてみたいと思います。
では!!